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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)1502号 判決 1989年5月31日

控訴人 淀川信用組合

右代表者代表理事 田中昇一

右訴訟代理人弁護士 上田潤二郎

被控訴人 破産者株式会社デリカピア

破産管財人 大正健二

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

一  訴外全国農協食品株式会社(以下「訴外全国農協」という。)が訴外デリカピア(破産者)を被申立人として、昭和五七年一二月二三日、神戸地方裁判所尼崎支部に対し、破産の申立をしたこと(併合事件の請求原因4の事実の一部)、訴外デリカピアが右裁判所において昭和五八年一二月二六日に破産宣告を受け、被控訴人が破産管財人に選任されたこと(併合事件及び本訴の請求原因1の事実)、訴外デリカピアは控訴人に対し、本件預金債権に基づく四二八四万九二七四円の払戻請求権を有していたこと(併合事件の請求原因2の事実)、は当事者間に争いがない。

次に、≪証拠≫、弁論の全趣旨によれば、控訴人は訴外デリカピアに対し、昭和五八年二月一日、三九六〇万円を、弁済期、弁済方法、利息、利息支払期等は、原判決添付別紙破産債権目録の(一)に記載の通りの約定で貸与したこと(本件貸金債権)、訴外デリカピアは、昭和五八年一一月二四日、原判決添付別紙破産債権目録(二)に記載の額面二五〇〇万円の本件約束手形を振出し、現に控訴人がこれを所持していることが認められる。控訴人が昭和五九年四月二日に本件貸金債権三九六〇万円及び本件手形債権二五〇〇万円を自働債権とし、本件預金債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をしたこと(併合事件の請求原因3の事実)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、右相殺は破産法一〇四条四号本文により許されない旨主張するので、以下検討する。

訴外全国農協が昭和五七年一一月二七日に訴外デリカピアに対する売掛債権を保全するため、神戸地方裁判所尼崎支部に対し、訴外デリカピアを債務者、控訴人を第三債務者として、債権仮差押の申立をし(神戸地方裁判所尼崎支部昭和五七年(ヨ)第三二〇号)、同日本件仮差押命令を得、右仮差押命令が同月二九日に控訴人に対し送達されたこと(併合事件請求原因5の事実の一部)、訴外全国農協が、同年一二月二三日、前記裁判所に訴外デリカピアの破産の申立をしたこと(前同裁判所昭和五七年(フ)第七八号)(併合事件請求原因4の事実の一部)は当事者間に争いがない。

しかし、破産法にいわゆる支払停止とは、債務者が弁済能力を欠くため、即時に弁済すべき債務を一般的かつ継続的に弁済することができない旨を明示的又は黙示的に外部に表明する債務者の行為であつて、債務者が単に仮差押を受けたからといつて、右にいわゆる支払停止があつたとはいい難いところ、本件において、訴外デリカピアが昭和五七年一一月二九日頃までに支払の停止をしており、かつ、控訴人が訴外デリカピアの支払停止の事実及び破産の申立を受けたことを知りながら、本件貸金債権及び本件手形債権を取得したとの事実は、本件における全証拠によるもこれを認めることはできない。

却つて、前記争いがない事実に、≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  訴外デリカピアは、従前は、「株式会社まつしん」の商号で夕食食品の製造販売を行つていた株式会社であり、また、訴外全国農協は、全国農業組合連合会が農畜産物の加工販売等を行うために全額出資して設立された株式会社であるところ、訴外デリカピアは、昭和五六年五月一五日、右訴外全国農協との間に、惣菜の供給を継続的に受ける旨の契約を締結し、昭和五七年四月に、訴外全国農協の資本参加を得て増資をするとともに、その商号を現在のデリカピアと変更して夕食食品の販売を専門的に行うようになり、訴外全国農協と継続的に取引を行なつていたこと、なお、訴外全国農協の出資額は全体の五一パーセントであつたこと、

2  旧株式会社まつしんは、その代表取締役であつた仲眞良孝が個人で行つていた夕食食品の製造販売業を昭和五二年二月に会社組織にしたものであり、控訴人は、仲眞良孝とは個人事業のころから一〇年以上に亘つて取引を継続し、その信用度は会社組織にしてからも大きかつたこと、

3  その後、訴外全国農協が訴外デリカピアの独占販売権を侵害したとして訴外デリカピアと訴外全国農協との間に紛争が生じたところから、訴外デリカピアが同会社に対する買掛債務二億三〇八三万三五八三円等合計二億四一〇二万九八七〇円を支払わなかつたとし、訴外全国農協は、昭和五七年一一月二七日に、右売掛金等のうち二七〇〇万円を保全するため、神戸地方裁判所尼崎支部に対し、訴外デリカピアを債務者、控訴人を第三債務者として、訴外デリカピアが控訴人に対して有する預金債権を仮差押する旨の申立をし、同日本件仮差押命令を得て、本件仮差押が執行された結果、訴外デリカピアが控訴人に対して有していた普通預金債権六八二万六三一一円及び定期預金債権一七四八万五四四二円の仮差押をし、ついで、同年一二月六日に、訴外デリカピアを相手方(被告)として、右売掛金等二億四二二六万八三二六円の支払を求める訴えを神戸地方裁判所尼崎支部に対して提起し、さらに、同月二三日には、同裁判所に訴外デリカピアについて、破産の申立をしたこと、

なお、当時、訴外デリカピアの資金繰りは、それ程苦しくなく、訴外全国農協に対して、右二億円余の買掛金を支払うことは可能であつたが、前記訴外全国農協との紛争のため、訴外デリカピアは、右買掛金を訴外全国農協に支払わず、その支払に充てる資金を、銀行等に預金したり、その依頼した金尾典良弁護士にその一部を預けるなどして、これを保管していたこと、

4  控訴人は、同月二九日に右仮差押命令の送達を受け、同年一二月七日付けの書面をもつて、仮差押裁判所に対し、仮差押を受けた預金債権は控訴人が訴外デリカピアに対して有する貸金債権と相殺するので、被差押債権につき、支払の意思はない旨の陳述をし、次いで、昭和五八年一月二七日、その頃到達の書面(乙第四四号証)によつて、当時、訴外デリカピアが控訴人に対して有していた預金債権と控訴人が訴外デリカピアに対して有していた貸金債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたが、もとより、訴外デリカピアが当時支払停止をしていたために右相殺の意思表示をしたものではないこと、

5  控訴人塚口支店の貸付担当者である中村洋平は、右仮差押命令の送達を受けた後、訴外デリカピアの代表取締役であつた仲眞良孝を呼んで事情を聞いたところ、仲眞からは、「訴外デリカピアが右買掛金債務を訴外全国農協に支払わなかつたのは、訴外全国農協が訴外デリカピアとの間に締結していた惣菜の独占販売権を侵害したためであつて、右買掛金額相当額は、右問題処理のために委任した弁護士金尾典良に約六〇〇〇万円を預託し、残り約一億八〇〇〇万円は架空人名義で他の金融機関に預金している。」旨の説明を受け、さらに、「訴外全国農協の独占販売権侵害行為により被つた損害賠償請求権と訴外全国農協の約二億四〇〇〇万円の売掛金債権とを相殺する予定であり、その前提として右契約の解除と、損害賠償を請求する旨の通知を出している。」との経過報告を受けたが、訴外全国農協から破産の申立があつたことについては、訴外デリカピアから全く知らされていなかつたので、このことを知らなかつたこと、

6  訴外全国農協の提起した訴外デリカピアを相手とする前記訴え及び破産の申立は、訴外デリカピアの代表取締役であつた仲眞または代理人の弁護士金尾典良を通じて、訴外全国農協との間で、その後和解交渉が重ねられていたこと、

7  一方、訴外デリカピアは、右の如く、訴外全国農協から仮差押を受け、また、破産の申立を受けた後も、従前にも増して活発に営業活動を続けており、昭和五八年一月一日から同年一二月三一日(実際には破産宣告を受けた一二月六日)までの売上高は、前年度を超える一二億九三〇〇万円余りであつたし、また、右破産宣告を受けた同年一二月六日頃までに、引き続き、従業員の給料、運賃、荷造包装費、地代家賃、修繕費、その他種々営業上生じた債務の支払をしていたものであつて(乙第四一号証参照)、訴外全国農協から前記仮差押を受けた昭和五七年一一月当時は勿論、その後も前記破産宣告を受けた同五八年一二月六日頃までは、訴外デリカピアが一般にその支払を停止したようなことは全くなかつたこと、

8  控訴人は、訴外デリカピアが昭和五七年一二月二三日に破産の申立を受けたことを全く知らず、また、当時、訴外デリカピアが一般に支払停止をすることなく、従前の通り営業を続けていたからこそ、訴外デリカピアの融資申込を受けて、不動産担保の極度額を三三〇〇万円から四〇〇〇万円に増額するとともに、訴外デリカピアに対し、昭和五八年二月一日に三九六〇万円の融資をし、また、その後訴外デリカピアから短期の融資を申込まれ、同年八月三一日手形貸付の方法で二五〇〇万円を、弁済期同年九月六日として貸付け、その後その際に訴外デリカピアから振出交付を受けた約束手形を、その支払期日毎に書替え、同年一一月二四日に、本件約束手形の振出交付を受けたこと、

9  なお、訴外デリカピアを被申立人とする前記破産の申立事件については、その後前記の如く和解交渉が続けられていたが、訴外デリカピアの依頼していた金尾典良弁護士の不手際や、訴外デリカピアが右金尾弁護士に預けていた売掛金の一部が返還されなくなつたり、その他一部不良債権が発生するなどして、最終的には、訴外デリカピアの負債総額は約三億四六〇〇万円、資産総額は一億四六〇〇万円で、約二億円の債務超過となつたので、訴外全国農協の意向等により、訴外デリカピアは遂に昭和五八年一二月六日破産宣告を受けたこと、

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

以上認定の事実によれば、控訴人が訴外デリカピアに対する破産の申立てがあることを知りながら、本件貸付をしたとは認められず、また、右貸付当時訴外デリカピアが支払い停止の状態にあつたとも認められないから、控訴人主張の本件相殺が破産法一〇四条四号本文により許されないとの被控訴人の主張は理由がない。

そうとすれば、訴外デリカピアが控訴人に対して有していた本件預金債権四二八四万九二七四円は、控訴人主張の本件相殺により消滅したものというべきである。

三  そうすれば、本件預金四二八四万九二七四円及びこれに対する昭和五九年四月三日から支払済まで年六分の割合による金員の支払を求める被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がなく、これを全部棄却すべきであり、右と結論を異にする原判決は一部不当であるから、原判決中控訴人敗訴部分(主文第三項)を取消し、被控訴人の右部分の本訴請求を棄却する

(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 東條敬 横山秀憲)

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